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ダンナちゃん、よくできました!

テレビや映画で、動物たちが「演技」をする場面を目にします。
しかし、「動物が演技をする」というのは動物の行動を擬人化して捉えているにすぎません。

トレーナーのように考えるなら、私も擬人化をやめなければなりません。人間を擬人化して考えないようにするだけで充分です。
つまり、他人の行動、特に夫の行動を悪意でやっているとは思わないという意味です。

本書は、動物のしつけや調教を取材した著者が、そのノウハウを自分の夫にも適用してみるさまを描いています。
ぱっと見た印象では「ダンナをトレーニングする」かのように思えますが、実際は夫をトレーニングする妻(著者)自身のトレーニング記録になっています。

トレーニング前の夫はこんな状態です。

鍋の煮込み料理に集中しようとしているのに、キッチンで私のまわりをうろつき、『ニューヨーカー』に載っているこの記事を読んだか、あっちの記事はどうだ、などと訊く。
彼の母親がミネソタから送ってくれたクッキーを1人でたいらげる。特に、大好物の濃厚なキャラメルバーだと一瞬でなくなります。そして「あれ、きみももう食べたと思ってたよ」ととぼける。
車の中には丸めたティッシュをそのままほったらかしにする。
赤信号を「あれは長い黄色」などと言って、突っ切る。
妻の声だけが急に聞こえなくなるという深刻な発作に苦しむ。そのくせ、私が家の反対側の端からひとりごとをつぶやくと、それは絶対に聞き逃さない。「いま、なんて言った?」彼が大きな声で尋ねる。「ううん、別に何も」私も大きな声で返事。「なんて言ったの?」再び彼が尋ねる、という具合。

それに対して妻が行ってきたこと。

  • うるさく小言で責め立てる。
  • 「あなたはとてもハンサムだけど、夕方になってうっすらひげが生えてきたら、その素敵な顔がわからなくなるわ」などと、明るくアドバイスする。
  • 「汗臭い服をそのへんに置きっぱなしにしないって、お互いに約束しない?」とやんわり申し出る。
  • 「お願いだから、そんなにスピードを出して運転するのはやめてくれない?」とはっきり頼む。
  • カウンセラーを訪れる。

これらはすべて裏目に出てしまっていました。
そして、ついに取材で動物トレーナーの学校にたどり着きます。

この学校で教える方法は、犬の躾に詳しい方からすると、取り立てて新しい方法ではないかもしれません。
それは、罰を与えるのではなく動物の習性にあわせてやる気を引き出していく方法です。
罰そのものを否定するのではありません。
罰を与えなくてもほとんどの行動をトレーニングすることが可能なのです。

このトレーニング法の理論的なベースになるのが、行動分析学です。
行動分析学とは、1930年代にハーバード大学の心理学者 B・F・スキナーの研究から生まれた心理学の一体系で、環境の変化で行動がどれだけ変化し学習されるのかを研究する学問です。

行動分析学の重要な原理として「オペラント条件付け」があります。
島宗理 氏の定義によると

行動の直後に、好子をあるいは嫌子を行動に依存して提示することで、その行動の将来の生起頻度が、増加あるいは減少する

ようするに「ある行動のあとにご褒美をもらえると(あるいは罰を受けると)その行動が繰り返される(減少する)」という考えのことです。

例えば、「顧客を怒らせてしまい、自分では対処しきれなくなった」とき

  1. 上司に報告した(行動)
  2. 叱られた(罰)
  3. 報告して損した → 次からは報告したくなくなる(減少)
  1. 上司に報告した(行動)
  2. 正直に話したことを褒められる(褒美)
  3. 報告してよかった → 次からも報告する(増加)

「報・連・相」が足りない、といつも部下を叱っている人は、ここで反省が必要です。
行動を促すには、叱る(罰)ではなく、褒美が必要なのです。

行動の原因そのものをあれこれ悩んで改善しようとするのではなく、好ましい行動を増加させようという現実的なアプローチですね。

好ましい行動をトレーニングする中で、動物が間違えたり勝手な行動をとったらどうするか?
わかりますか?

その答えは「何もしないこと」
イルカのトレーナーだけではなく、すべての進歩的なトレーナーは、自分の求める行動に対してはご褒美をあげ、求めていない行動は無視するのです。

求めていない行動に対してなんらかのレスポンスをするということは、意図しないメッセージを伝えてしまうかもしれません。

「コミュニケーションというのは相手を操作しようとする試みだ」という人もいます。
わたしたちは言葉だけではなく、身振りや表情、行動など、非常に多くの手段でコミュニケーションを行います。
コミュニケーションを行う意図は、他者の行動を変えようとする試みだと言っても間違いではないでしょう。

さきほどの例で「罰」と「褒美」と書きましたが、実際に形として表現できる罰や褒美だけではなく、「行動に対してどのようなレスポンスをしたか」つまりコミュニケーションもここに入ります。
トレーナーが言う「無視する」というのは、「レスポンスを返さない」という意味です。
ぶすっとしたり、不機嫌な顔をしたり、というのはこの場合の「無視」ではなく、ネガティブなメッセージを返してしまっていることになります。

さて、トレーナーの考えを学んだ著者(妻)は、その後どうしたか?

私も、行動をただの行動ととらえることにしました。時計が時を刻むように正確に。私の考えを押し付けたり、ちょっとした道徳劇としてとらえたりはしません。「スコットは服を片づけなければならない」といった、「何々しなければならない」とか、「私はあなたに進んでお皿を洗ってもらいたいの」のような「進んで何々してもらいたい」という表現はやめました。

そして、その結果、夫の行動が劇的に改善、というわけではなく、我慢できる程度になったり、違った見方をできるようになってきた。
夫婦の人間関係として考えれば、ものすごく改善したと言えるのではないでしょうか。

ところで、著者の定義によれば「本能的な」行動は次のようなものです。
1. 行動が最初に現れてからの年数が長い
2. 基本的な生活習慣の特徴から生じる
これらの行動を変えるのは、無理ではないにしても長い道のりだと著者は言います。
アライグマに食べ物を洗わないように躾けるのと同じだと。

イルカ訓練の草分けであるカレン・プライアが『うまくやるための強化の原理―飼いネコから配偶者まで』であげている強化(行動分析学でいう「好ましい行動を自発的に起こす頻度が高まること」)のためのルールを、本書の著者は5項目に絞って紹介しています。

  1. 少しずつ前進する
  2. 行動が悪化したら、前段階に戻る
  3. 1回に行動の1段階だけ
  4. 環境が変わればうまくいかない
  5. うまくいかないときは別の方法を試す

行動分析という考え方は、教育の現場や企業のマネージメントにも応用されています。
いつか、動物トレーニングをビジネスに応用する研修や、動物トレーナー学校へ視察ツアーなどできるといいな、とちょっと夢が膨らみました。

子育て中のかたや、部下を持って悩んでいる方は行動分析の本を読んでみると、新たな発見があると思います。
「なぜこんな行動をするのか」などと悩まなくなるかもしれませんね。
とはいえ、行動分析学の本は専門用語が出てきて取っ付きにくいので、気軽に読める行動分析の入門書として本書をおススメします。